uchitoraのブログ

趣味、考え、思いなどいろいろ書きます

僕の人生物語④

こんにちは!

 

前回は中学入学で僕が変わった話をしました。

 

今回は大学受験についてです。

 

勉強への不安や悩み、受験などで困難な状況の人へ少しでも安心を与えられたらいいなと思って共有します。

 

僕は今の大学に浪人して入りました。

 

大学合格までの経緯を今回は説明していきたいと思います。

 

僕の通っていた高校は国立大学への進学人数が数人であるため、進学校ではありませんでした。

高校生活は楽しかったのですが、勉強はテスト前に数時間程度するくらいでした。

 

それでも学年順位は3~7位という結果であったため、もっと勉強をしないとという環境になっていなかったため、勉強への意欲はかなり低くなっていたのだと思います。

 

そのせいで、現役時代ではサッカー部を引退してから勉強をするようになるのですが、多くても1日5時間程度までしかしていませんでした。

 

そんな勉強を続けてセンター試験まで数か月(2~3ヶ月くらい)になってから、僕の模試の結果ではどこの国立大学へ行けるようなレベルでないことに気づきました。

 

そのまま模試を受け続けても、直前まで点数が伸びず、かなり諦め状態でした。

これを変えようとセンター試験までの数日でできることはできないかといろいろ調べたり、先生に聞いたりしていました。

 

そして直前になって僕の勉強法は間違っていたことに気づいたのです。

その方法は

ただただ教科書などをノートに写して満足していただけ

であったのです。

 

全然頭に入ってないわけです。

 

センター試験が終わり、浪人することも考え始めたころ

先生から受験の経験をしないと

浪人してもかなり意味がないものになる可能性があると言われました。

 

確かにそうではあるが、、、

そんなことをしている暇があったら

次の大学受験までの勉強を開始したかった思いが少しありました。

 

だが、

このときはかなり自分は追い込まれていて

独自の判断ではいけないと思い

先生の言ったとおり受験だけはしました。

 

結果は予想通り不合格

 

私立大学は学費の関係と

国立大学に勝てるような大学への受験はできないと親と話して考えたため

受験はひとつの国立大学のみしました。

 

あと、僕は将来やりたいことが

しっかりと決められないでいたため

このときに僕が行きたいと感じない大学へ行くのは

将来的、環境的、精神的に負担がかかることもあることから

浪人を決意しました。

 

まだ浪人する決意がついた理由があります。

 

必ず勉強して点数が伸びるという確信がありました。

 

センター試験の後、

二次試験の勉強をしていたのですが、

そのときに勉強法を見つけました。

(おそすぎますよね笑)

 

この勉強法を浪人でやれば絶対合格できると思いました。

(現役の大学よりレベル上げるため)

 

そして浪人が決まり

宅浪も考えたのですが

祖父母の支援で予備校へは行くことになりました。

(これも勉強のやる気につながった)

 

※夏期講習などでも追加でお金を払うことになるため、最低限の支払いで大学受験を目指そうと心に決めました。

 

予備校を選ぶ際には

①講義時間

②コースの選択の仕方

③利便性

④建物の雰囲気

⑤予備校の目的意識

を見て選びました。

 

そして予備校に通い始めました。

 

基本的に講義を聞いた後は自由時間なので、すぐ家に帰ってテキストの復習をしていました。

 

そのとき意識していたこととして、

一回目の復習はしっかり講義を思い出す

 

二回目の復習はスピード感を意識してすぐに終わらせる(書かない)

 

を徹底していました。

 

そしたら面白いことが起きました。

 

一回目の模試で現役ではとれなかった点数をたたき出しました。

(現役での勉強の成果も含まれていたのかもしれません)

 

 それから目標としている大学のオープン模試を受けたのですが、

数学と英語で受験生のなかで偏差値55とか出しました。

(この結果から数学と英語にかなり自信がつきました。受験できるレベルに行けたことが何よりも嬉しかった!!!)

 

しかし

その後の模試では現状維持

という形で伸び悩んでしまいました。

 

それは記述模試の場合ですが

センター模試では困難がありました

 

国語を中心とした

文系科目がとれない

 

ここから僕は苦手科目を意識して

センター試験の対策をしました。

 

そしてセンター試験を迎えました。

 

結果としては現役と比べて

200点ほど上がりました!!!

 

でも

元々点数が低い状態からの200点なので

受験できる大学が増えた程度になりました。

 

国語がほんとに苦手で2択まで絞って間違いを選ぶというミスを連発してしまっていました。

 

僕の目指してた大学へは

国語のせいで受験できませんでしたが、今の大学は現役では考えられないくらいレベルの上がった大学です!!!

 

なので

この結果は僕にとって

満足のいくものでした。

 

そして大学入学してみると

以外と浪人生が多くて

ちょっと安心しました。

 

また

高校へ合格の報告に行った際には

浪人した人のなかで

唯一成功した人と言われました。

 

他の人は点数があまり伸びず

近くの私立大学などに妥協したと聞きました。

 

この浪人時代で

勉強は

やればやるほど

できるようになる

という自信が付きました。

 

今は具体的な目標がないので

勉強への意識が低くなっていますが

 

目標が決まったら

浪人時代に身に付けたやり方で

自分の知識を増やしていこうと思っております。

 

以上で人生物語は終わりです。

 

最後までご覧いただきありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

僕の人生物語③

こんにちは!

 

昨日は小学3年生のエピソードを踏まえて自分が変わった

 

という話を書きました。

 

今回はその続きで、中学入学での僕の変化について語りたいと思います。

 

僕は中学に入学して、まず立ちはだかった壁として、

人見知りがありました。

 

そのせいで自分から話しかけることができなかったのですが、相手の方から話しかけてくれることが多く、この問題は一応突破しました。

 

ただ、当時はあまりいい印象がなかったのですが、

少しいじられていることがありました。

小学生のころにはいじられることがなく、どう対応していいかわからず、少し機嫌が悪くなることしかできませんでした。

 

そのせいで、良い印象をクラスの人に与えることができず、ただただ黙っていくことしかできませんでした。

 

結果、席替えが行われた後にいじめになりそうな場面に直面しました。

簡単に内容をまとめると、

友達の箸セットを隠しておいてといわれ、持っていたら僕のせいにされて首を絞められそうになりました。(笑)

 

当時は先生が目の前にいて、止めてくれましたが、先生がいなかったらどうなっていたか怖いですね。。。

 

ですが、僕はある程度勉強をする人であり、

一回目のテストで数学の成績優秀者の1人として名前が挙がり、少し注目を浴びるようになりました。

 

ここから少しずついじめられた人が僕に対しての態度が変わった気がしました。

そして、僕の反応も変わりました。

 

いじられたときに、ノリよく突っ込んだりしてみようと思ったのです。

昔の自分はそんな態度をとることに対してとても恥ずかしい思いをしてしまうと感じ、閉じこもる形でいましたが、その時に勇気を出してノったのです。

 

そしていじめっ子は僕のことを面白いやつと認めてくれたのです。

この時に僕のリミッターが解除されました。

後に中学三年生ではめちゃめちゃしゃべる人間として捉えられるようになったのですが笑

 

でも、この経験があり、いじめっ子の主犯者は高校で一緒に登校する仲になっていたり、首締めていた相手も3年間クラスが一緒になったのですが、勉強や遊びなどいろいろ話すような仲になれました。

 

そして僕は気づいたのです。

以外と殻を破ることは簡単であるということに・・・

 

 

中学入学してまだ変化はありました。

小学生のときに少し友達からサッカーを教わった程度でありますが、サッカーを好きになったので、サッカー部に入ることになります。

(中学で完全初心者は僕だけでした・・・)

 

サッカー部に入り、きつい練習が続きました。

しかし、やめたいという思いはありませんでした。

 

そして体力を付けたいと思い、夏の間だけ駅伝部にも所属することになります。

今思うとエグい量の運動をしていたのであるな~って感じます。

 

でも、この経験があり、運動に対してプラスのイメージを持てたり、ランニングが好きになっていました。

 

特にランニングが僕を大きく変えたと感じています。

 

駅伝部ではA~Dチームの4段階で振り分けられていて、

最初の段階では当然Dチームで一番下でした。

 

しばらくはDチームのままでしたが、ある日の練習中に顧問の先生の発言が僕を奮起させました。

限界を超えろ

 

この言葉を聞いてから僕は自分で限界を決めてしまっていたと気づいたのです。

 

そしてある練習中にきついと思っても

まだ限界ではないと信じ、ペースを上げて走るようにしました。

このときの練習は20分間で何周走れるかという内容であり

他の人と差をつけるにはうってつけの内容でした。

 

結果、僕はDチームの中で一番走れる人に成長できました。

そしてCチーム、Bチームと進めることができ、一時期はAチームにもいました。

 

サッカー部では2軍でしたが、駅伝部では1軍として練習できたのです。

 

中学1年では選手として選ばれることはなかったのですが、

中学2年では選抜チームの1人として先生から声がかかり、補欠ではあるが、選手として選ばれることができました。

(中学3年ではサッカー部も引退して少しゆっくり学校生活を送りたくて駅伝部へ入ることはしませんでした)

 

この経験から中学生で自分は走ることが好きになり、

自分の可能性の広さを実感することができました。

 

面白いことに、中学でシャトルランがあり、中学1年では60回程度しかできなかったのですが、中学2年で110回くらい、中学3年で125回達成できて、クラスで一番走れる人になれていました。

 

人生何が起こるかわかりません。

ただ、僕の経験からすると、

意識や気持ちで全然違った結果が現れることがわかりました。

 

僕の経験がなにかに役に立てられればと思い、今回記事を書かせていただきました。

 

以上で今回の記事は終わりになります。

 

最後までご覧頂きありがとうございました。

 

 

 

 

僕の人生物語②

こんにちは!

 

昨日はざっと僕の人生経験を語り、最後にターニングポイントの紹介をして終わりました。

 

今日はその続きになります

 

では、昨日お話しした、小学3年生の出来事について語ります。

 

僕は小学生になって好き嫌いが多くて、給食が完食できない人として先生を困らせてしまっていました。

そのせいで体が弱く、休むことが多かったです。

 

しかし、小学3年生になってから変わりました。

 

クラス替えがあり、新しい友達ができたのですが、その友達が給食をとてもおいしそうに、そして楽しそうに食べていました。

 

僕はその姿を見て、

自分も楽しく給食を食べたい!!!

と思うようになりました。

 

そしてその日から僕は頑張って野菜を中心としたものもしっかり食べるように意識しました。

 

その結果、案外僕は野菜のような食わず嫌いのものを食べることができる人間であると気づきました。

おかげで今ではほとんどの食べ物を好き嫌いなく食べるようになっています。

ここから

自分の感情次第で行動を変えることができる

ということを学ぶことができました。

 

この機会がなければ僕は食に対して負のイメージを持ち続けていただろうし、風邪も引きやすく、いろいろと行動することが難しい人間となってしまっていたでしょう

 

そう考えるとこの時の意識改革は非常に僕の人生を変えたできごとであると断言できますね笑

 

 

もうひとつある出来事が僕を変えました。

 

クラスに好きな子ができて、隣の席になりました。

その女の子は僕によく話しかけてくれて、ずっと好きな人は誰か聞いてきていました。

 

そして僕は告白をしようと決意し、好きな人を聞かれたときに伝えました。

(学校の授業中だったのはよくないですね)

(しっかり授業には集中しましょう)

 

伝えた結果、相手も自分のことを好きと言ってくれて両思いになりました。

それから学校では手をつないだり、おんぶしたりと小学生の感じる幸せを感じていました。

 

しかし、あることに気づいたのです。

相手にはもうひとり両思いの人がいたのです

 

小学生のときは浮気とかの概念がなかったので、もうひとりの男の子と今日はどっちが一緒に過ごすかというように話し合って争いは起きませんでした。

 

ただ、これに気づいてから僕の思いは消えていくのがわかりました。

 

ここで小学生の頃でありますが、僕は

見た目で人を選んではいけない

と感じるようになりました。

 

そして見た目がかわいいと思う=好き

というように考え方を変えることができました。

 

そのせいで女の子にかわいいと褒めることは簡単にできますが、告白をすることまでにはもっていけないくらい慎重な人間になりました。

 

これが僕にとっていいことであったのか悪いことであったのかはよくわかっておりませんが、

このおかげで女性芸能人などでかわいいと思う人を友達とかに言えるような心の持ち方になることができました。

(小学生のころはかわいいと思う人は自動的に自分が好きという感情をもっているとおもいこんでいたため、全然人に言えませんでした。)

 

ちなみに僕は有村架純さんが大好きです

 

以上で小学3年生のエピソードになります。

 

小学3年生で感情の動きが大きく、自分自身が考えて行動するようになったと思っていて、今思うと、早い段階でそのような考え方が身についたな~って思っています。

 

最後までご覧いただきありがとうございました。

次回は中学入学についてになります。

 

 

 

 

 

 

僕の人生物語①

はじめまして!

 

簡単に自己紹介をしたいと思います。

名前はウチトラ、国立大学理系学部に通う大学生です。

 

普段からいろいろ考えたりすることがあり、形として残しておきたいなと思いブログを開設しました。

 

趣味はサッカー、ランニング、読書などなど・・・

 

やったことないものばかりですので、新しいことをやると結構ハマってしまうタイプです。

 

以上が簡単な自己紹介になります。

 

今回は一番最初なので、僕の人生物語でも書こうかと思っています。

おそらく3~4部構成になるかと思います笑

 

ということで、僕の人生の全体像を紹介します。

 

22年前、僕はこの世の中に生まれてきた。

愛を情与えられすぎてしまい

幼稚園に行くとなったとき、親と離れることが怖く年中の時はずっと泣いていました。

 

年長になると、過去の自分の行動に対し、羞恥心が出てきたため、泣くことがなくなる。

 

小学生になるとまず最初に待っていたのは、給食という試練だ。

かなりひどい食わず嫌いであり、野菜を中心とした多くのものを食べることができなかった。(緑色があまり良くない色と感じてしまっていた)

 

しかし、小学校を卒業するときには好き嫌いはなくなっており、6年間でかなり違った自分が形成されていった。

 

中学生になり、サッカー部に所属した。

初心者なのに入りたいという願いを何度も親に伝えてようやく入った部活になる

(入部試験とかなくて助かった。)

そこで僕はサッカーの技術も学んだが、一番大きい収穫は

心の強さである

親とかからかなりきついとか言われていたが、それでもサッカー部に入って心を鍛えることができたので、今の自分があるのはこの時の判断がかなりキーとなったと思える。

 

高校生になっても、サッカー部に所属した。

高校受験の勉強は1日1~2時間しかしていない状態で、なにも勉強しなくても入れるような公立高校に入学した。後にこの選択が苦労を味わうことになるのだが・・・

高校では勉強しなくても大体テストの点数がとれて、進級することができていた。

これにより、僕の勉強に対する意識がかなり低くなってしまっていた。

 

大学生になり、部活はせずに、サークルに入ることになる。

かなりゆるい運動であったので、ストレスなく過ごせる環境に置かせてもらっている。

初めてバイトをして自分の力で稼ぐという経験をすることになる。

大学生になっていろいろ考えることが増えた気がするのはお金・勉強に対する意識が高まったためであろうと思っている。

 

以上が僕の全体的な人生物語となっている。

 

そこでこれからの記事では自分のターニングポイントとなった出来事を紹介していけたらいいなと思います。

 

今回の記事では僕のおおまかな経験についてともうひとつとして、このターニングポイントの項目だけ紹介していこうと思っています。

 

僕のターニングポイントは3回あったと考えています。

  1. 小学3年生
  2. 中学入学
  3. 大学受験

という項目になります。

大体新しい環境になったときにいろいろと判断や行動を起こしていることになりますね笑

 

このターニングポイントを経験したから結構新しいことに挑戦することが面白く感じるのでしょうかね笑

 

でも、僕にとって主にこの3回の経験が僕自身を変えさせてくれたことであり、とても大切な経験となりました。

 

今回の記事は以上で終わりです。

 

これから僕自身の経験談や考えたことなどを記事にしていくつもりです。

 

よろしくお願いします。

 

最後までご覧頂きありがとうございました。